青色発光ダイオード

空に青を 君には名前を
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1982年 私

(まだ言っちゃいけない話だとは 思うのだけれど 2011年 3月に 新宿の地下で 展示します 今から ドキドキです)




2008年2月24日の日記


茨城県の笠間日動美術館へ。
鴨居玲。
カモイ レイ。
画家。
大好き。
一度でいいからこの目で見たい、と、切望していた。
日帰り一人旅。
強風のため、行きの電車が2時間とまる。
おかげで(?)行きで村上春樹の短編「回転木馬のデッドヒート」を読み終える。
やっとの思いで、辿り着く。
もちろん、衝撃は、あった。
ほとんどの作品が、画集で見たことのあるもので、衝撃とか、新鮮な気持ちよりも懐かしいという気持ちの方が、先行した。
「廃兵」という作品があるのだが、これは、腕をなくした兵隊の絵で、予想していたものよりも、大きくて、びっくりした。
予備校に通っていたころによく、話していた後輩の女の子のことを、思い出した。その子も鴨居玲が好きで、この作品を、美術手帖か、何かの雑誌でみて、好きになったという。図書館から借りた分厚い画集を、貸したら、熱心に読んでいたなぁとか。
彼の絵は筆跡が、ひどく残っている。
それが、彼がまとっていた空気であり、絵の中の人物を、温かく包みこむような母親の肌の温度のようなものであり(そういう作品は稀だったが)、あるいは、絶望だったりしたのかもしれない。
苦しんだ、跡。
彼は自画像を何枚も残している。何枚も、何枚も。
どれも、目が、明確に描かれていない。影の中だ。
それでも、目の向いている方向がかすかに変化しているのが、わかった。
一枚、一枚、そのとき、その場所で、自分は確実に変化し、老い、死に向かっていく。
それを、わかっている。
作品を目の前にすると、私は感情がほとんど無い状態で、みいっている。
そして、帰ってきて、思いだすと、その作品に対する思いが、零れ出して、とめられなくなってしまうんだ。
彼は、私が生まれる数年前に死んでしまった。
自殺、だった。
苦しまないと、何も生み出せないんだ。
痛く、感じた。
崩れそうだ。






2010年8月31日の日記


鴨居玲 カモイ レイ

知らないひと は ぜひ しらべてほしい

1985年に 亡くなった画家 自分を描きつづけた画家 絶望だけではなく それさえも笑い飛ばしてしまうような 心のあたたかさ をもった画家

今日 横浜そごう美術館での回顧展が 最終日だったので 行ってきた

ずっと そこに いたかった

2年前にみた 「廃兵」 に また 出会えた きっと 実際に そのひとが いたら その場に 立ちつくして しまうけれど その絵の中だからこそ 肢体を うけいれられたのかな と 思う

「1982年 私」を はじめて 間近で みることが できた 過去に彼自身の作品に登場した人物たちが 彼を取り囲んでいる 彼は 白いキャンバスの前に 座り こちらをみている その目に 瞳孔は 描かれていない

キャンバスの前で 絶望に うちひしがれていると言っていたけれど わからないよ 何か描いていたのを 白で塗りつぶしたのかもしれない 隠したかったのかもしれない

作品で ひとの心を えぐりたい とか 日々 思うけれど 彼は そんなこと 思っていなかったかも な

描きたい 描きたいよ

いつまでも 刻みつづけていきたいよ






ふたつの時間を 書いてみた


未来は また つながっていく






いい夢を


おやすみなさい


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